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幸せに楽しく人生を送るための、ヒント |
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掲載日:2011/12/8 |
今年ほどお水に関わる災害の多い年はありませんでしたね。
お水がなければ生命は生まれず、命を維持する事もかないません。大切な恵みのお水であるはずなのに、いざ宇宙の神様のご機嫌をそこねると豪雨を降らせ、洪水が起こり猛威を振るい、もう人間の力でも、科学の力でもどうにもなりません。自然界、宇宙界の中では、いかに人間の非力な事を思い知らされました。「自然にやさしく、地球にやさしく」なんて言っていた私達人間の傲慢さ、本当は自然界の中で生かされて、育まれていたのは、私達人間であったのだ、だからもっと謙虚に生かされている命に感謝をし、一日を大切に充実した日を送りたいものと、つくづく思い知らされた事でした。
聖路加病院の日野原重明先生著書。
百歳の私から人生を楽しむための「道しるべ」から、幸せに楽しく人生を送るための、ヒントを頂きましたので、ご紹介させて頂きます。すでに弊社のお客様は生き方上手でお仕事の外に、いろいろな趣味をお持ちの方が多くて、本当に驚かされます。しかし、百歳の方はいらっしゃらないので、ご参考にとその一部を書いてみました。
「耐えること、ゆるすことを知った時、人生は 本当の輝きをとりもどすのです。」
「私たちは 運命を生きるのではなく 運命を作っていくのです。」
「百歳を目指して七掛け人生を歩む」 時代が変わり、高齢化社会の現代の古稀は百歳といわれています。
「百歳は古稀、稀なり、90は奇とするに足る無し、80は大いに成すべし、70は得ること多し」書家で詩人の沙孟海の詩より「漢文のすすめ」
古稀のお祝いといえば70歳ですが、現代の古稀は、百歳に相当するというのです。
確かに、今では70歳まで生きるのは、稀なことではありませんから、とても古稀とはいえません。
そこで百歳を古稀としたら、大体七掛けが適当ではないかといわれています。時代が変わったのですから、年齢に対する考え方や定義、そして何よりも人の心をすっかり変えなくていけません。
私が主唱する「新老人」の定義とは「75歳になってからでも自立した心で勇気を持ち、夢を持って行動する」ことです。歳を重ねて、足が不自由になったり、目が見えにくくなったり、耳が遠くなったりする事があっても「精神的に自立して、胸に夢を描き、上を向いて歩く」その姿こそが、新老人のシンボルです。年月が経ってだんだん家族が独立していっても、老人クラブの様に、老人だけで集まるのでは、あまり刺激や変化がありません。歳をとっても、子供達や、若い人と交わって何かをする事、そして新しいことに挑戦したり、新しい価値観に触れ、それに「喜びを感じるという事が、皆さんの心を若くします。この様にして、百歳を目指して生きる事が、みなさんの未来を明るくするのだと信じています。」日野原重明著。
皆んなで、いつも4、50代のつもりで明るく、笑顔で日々大切に歩いて行かれたら嬉しいなと思います。
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東日本大麗災で被害あわれた方にお見舞い申し上げます。 |
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掲載日:2011/7/19 |
東日本大麗災で、被害はございませんでしたか、お見舞い申し上げます。
このご挨拶を書かせて頂いた時は、大変な時でした。
想定外と言われる大震災が起きて、20日目、その間、福島県のある場所では、「子供さんの数は多いのに、食べる物、飲む水、何も無い、それなのに、福島と言うだけで運転手さんも敬遠して困っている所がある」と、現場を見て来た方の報告と号令で、20人位の人が集まり、中学校の家事室を借りて、おむすびを最終的に2000個作り、わが社の新しい雨水タンク(ミニダム)2台に水道水をいっぱい入れ、その他ペットボトル、パンケーキ、お菓子類を4トン車にいっぱい乗せて、その方は忙しい方なのに、また福島まで届けに行って下さいました。
食べ物、生活必需品、風邪薬、マスク、オムツ等々、必要とされている物を、中小企業家同友会の東北支部からの情報を受け、町会の方々、知り合いの皆様のご協力で、支援物資を、当社に送って頂き、一つ一つダンボール毎に仕分けして、入っている物を書き、足立や東村山の集積倉庫に持ち込み、トラックに乗せて、必要とされている場所、岩手、宮城、福島と送らせて頂きました。
また、巾着袋が欲しいと言う要請があり、裁縫の苦手な私共は、困ったと思った時、当社のヘルパーさんが、私が作りますと、おっしゃって下さり、ご主人、息子さんご夫婦、お孫チャンと、布、紐とも、自前で、ご家族で2日間に360枚縫って下さったのです。この機動力と温かさには、本当に感動致しました。
その巾着袋、何に使うのか、骨壺が足りなくて、その代わりと伺い、びっくりし、心痛みました。
そして、ガソリンも足りない時、雪の中を、陸前高田に向かって納棺師さんに届けに行って下さった女性、その方の熱意と行動力にも頭が下がりました。
現地から送られてくる写真を見て、過去に例をみない、激震、自然災害の恐ろしさ、その前では、どうする事も出来ない、なんと人間の非力な事、言葉にならない虚しさを感じました。
しかし、今回の事で、なんと素晴らしい人々の温かい連帯と絆に本当に、感動いたしました。
大震災前は、殺伐とした事件ばかりが報道され、考えられない事件ばかりで、日本って、こんな国になってしまったのか、と本当に情けない思いをしていたのは、私だけでは、無かったと思います。
今回の事をきっかけに、昔の日本人の良さが、みんなの記憶の中から蘇ってきたみたいに、被災されどん底の苦しみのなかでも、感謝をロにして、笑顔で答える方々、必死にボランティアでささえる人々と、命をかけて働く自衛隊、消防隊員、警察官、東電の下請けの作業員の方々、日本人の持つ素晴らしいDNAはまだまだ、健在だったとホットした面もありました。
被災に遭われた方々には、本当にお気の毒で、申し訳ない事ながら、この方々の思いと、尊い命を召された方々、の魂を決して無駄にしない様に、生きている私達が、心に刻み、お互い助け合い、共に仲よく、絆を、しっかり構築してゆかねばならない、と思わせて頂きました。
誰かの言葉に「智恵のある者は知恵を出せ。力のある者は力を出せ。お金のある者はお金を出せ。何も無い者は元気を出せ」と、ありました。犠牲になられた方々の思いを無駄にしない様、原発が早く終息して、日本の叡智と底力が出て、新生日本が誕生する事を、お祈りさせて頂きます。
末筆ながら、日頃のご愛顧に、心より感謝申し上げます。
今後とも、何卒、よろしくお願い申し上げます。ご一家皆様のご健勝を、心からお祈り申し上げます。
ありがとう御座いました。
山本博子
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“人のために何かをしてみないか”夜回り先生 |
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掲載日:2010/11/14 |
私は、最近、“人のために何かをしてみないか”というタイトルで、水谷修さん(夜回り先生)のインタビュー記事を読み、とても感激しました。
>>>記事内容(PDF)
過去は変えられないが、未来はつくれる。悩んだり、苦しんでいる子ども達にかける言葉はいつも同じです。
「人のために何かしてごらん、過去はかえられないげど、明日はつくれるよ」これは大人にも言える事です。
水谷 修
【お祭りの後に】
私たちの地域で9月18、19日とお祭りがありました。お世話役の方々、婦人部の方々、前々から準備の相談会、当日の準備、当日本番、子供神輿で巡回、後片付けと、暑いさなか、本当に、大変だったと思います。
我が家でも、4人の孫がお手伝いに参加致しました、高校生の子は部活があるのにとプツプツ言っていたようですが、父親に「お前さん達に、拒否権は、まだないの」と言われ、お手伝いに参加し、20日の、後片付けも終わって、4人が話しているのを聞いていたら、「結構面白く、楽しかったよな」長男は「朝5時半に起きて、7時からの手伝いで、くたびれだけど、3日間充実していたな」としみじみ言っておりました。
これも自分達が、何んらかのお役に立って、大人の方たちから「ありがとう」と、いろいろ声を掛けられていたのではないかと思いました。
この様にこれからは、年配者の体力的にキツイ部分は、若者に、やって貰い、そのかわり、惜しげなく、ホメて、認めてあげる。
若者はその「ありがとう、助かるわ」の一言で、心に栄養をもらい、水谷修さん(夜回り先生)のインタビュー記事の彼女のように、死ぬ事ばかり考えていた人でも、生きていく意義を見出し、勇気、やる気が、出てくるのではないでしょうか。
「誰も一人では、生きてゆけないのです。家族はもとより、ご近所、地域が、暖かい思いやりの心で、連絡を取り、仲良く助け合い、支えあっていけば、安心、安全なコミュニティーが出来ます。
わが社も、そんな、お手伝いが少しでも出来たら、嬉しいなと考えております。
山本 博子
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ドイツ社会の環境問題への取り組み方、研修旅行から2 |
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掲載日:2010/10/11 |
ドイツの環境への取り組み方のシリーズは、今回で一応、終わりにさせて頂きます。
15年間の間にドイツは環境先進国として、なぜ、これほど環境意識が高くなったのか、日本の環境に対する差が、どうしてこんなに、出来てしまったのかと考えました。
ドイツでは、環境問題を解決するためにはまず、環境教育が必要だと、早い時期から取り組み、小、中、高等学校で行っているほか、幼稚園でも環境教育に取り組んでいます。
また、保護者や自治体などによって運営されている「森の幼稚園」がたくさん存在していて、そこでは、園児たちは、枝を使って何かを作ったり、土や草に触れたり、植物の香りを嗅いだりと五感を使って自然と触れ合い、体験する事により、自分たちも自然の中の一人である事を、自覚します。
空気のきれいな森の中で「森の幼稚園」を体験した子供は、学習意欲や能力、自主性などが平均よりも上回るという、結果も出ているそうです。
また環境NGOによる社会人を対象とした環境教育も、実施されており、この様に、ドイツではあらゆる年代の人々を対象とした環境教育が行われております。
なぜ、環境教育が必要なのか、それは、今日の地球温暖化などの主な原因は、私たち人間が豊かで快適な生活を送る中で、大量のエネルギー資源を消費し、大量のゴミを出していたと言う事で、地球温暖化のためにも、意識改革が大事と考え、まず、先生の環境教育から始まったそうです。
最近は、日本でも、省工ネ、省資源、リサイクル、リユースと企業も国民も随分と意識が高まってきました。
しかし、我が国は、肝心な政府の国家意識、国家理念等がはっきりせず、従って、これから目指す国家としての姿も、戦略も見えず、本当にどうなるのかと、心配です。
25%のCO2削減と世界中に、大見えを切ったのに、高速道路無料化で、車社会に後戻りして、高くなったガソリンをばらまいて、環境大国をめざすというには、なんか、おかしいなと思ってしまうのは、私だけでしょうか? 市民の我々の方が余程、しっかり考え、賢いのだと思います。
下の写真はツル植物を外壁に這わせたライン川沿いの田J、ザンクト・ゴアズハウゼンにあるレストランで、個人のみならず、企業としても、イメージアップを考え、緑地空間の少ない市街地にあって、緑を導入する事は、景観的にも優れたものとなり、この建物は緑濃いツル植物により、建物として魅力的でした。
日本でもゴーヤを這わせて涼をとり、また、料理の一品にもなり、一石二鳥で、すごく合理的で、広まっていけば良いなと思います。
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緑濃いツル植物を這わせたレストラン |
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ドイツ社会の環境問題への取り組み方、研修旅行から |
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掲載日:2010/4/30 |
14年前、ドイツのハノーファー市に行った時、古い公団住宅の外壁に断熱工事をしているのを見学しました。
寒い冬場にむけ省エネ対策でやっていると説明されたが、日本ではみな内断熱なのに?どうして?
当時は良く分かっておらず、地震の多い日本では、後付けの外断熱工事は無理かもしれないと、ただ、思いました。
ところが良く調べてみるとヨーロッパのコンクリート、石造りの建築の断熱は、すべて外断熱が当たり前であったのです。
日本のマンション等コンクリート建造物はすべて、内断熱工法のため、結露で悩まされ、カビが発生し、不都合な事が起きている事を知り、その5年後、自社ビルを建てるにあたり、東京で初めての外断熱工法で、建設致しました。
外断熱工法は、コンクリートの躯体を外から布団を被せるように包むので、コンクリートの熱をためる性質(蓄熱性)によって、躯体が室温に同調し、結露が生じにくく、冬は暖房で躯体が温まるとなかなか冷めず、夏は少々の冷房で間に合う、省エネと快適性を見込めます。
建てて、9年経ちますが、お陰さまで結露は一切なく、冬場、無暖房でも16度、17度の室内温度は保たれ、少しの冷暖房で、すぐ効いてしまう、本当に省エネ住宅になっております。
そんな昨今、日本でも、省エネ対策の一環として、住宅版エコポイント制度 まで出来ました。
窓の断熱改修として、内窓設置(二重サッシ化)、ガラス交換(複層ガラス化)外壁、天井、又は床の断熱材の施工。
これらの工事に併せて、バリヤフリーリフォームを行う場合、さらにポイントを加算しますと言う事です。
木造住宅の場合は最近、断熱材は種類も豊富で、そのお宅にあった断熱材を使う事が出来ます。
窓は、複層ガラスにするより、サッシ窓の内側に樹脂製のサッシを付ける方が簡単で、二重になるので、冷暖房効果、防犯対策にも、防音効果にも良いと思います。 山本博子
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ハノーファー市公団住宅の外断熱後付け工事 |
当社4階部屋の外断熱工事 |
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